がん手術前の6分間歩行で、術後の肺合併症を予測できる?

論文紹介:がん手術前の6分間歩行で術後の肺合併症を予測できる? 論文紹介

今回紹介する論文は、

“Performance in 6-min walk test in prediction of post-operative pulmonary complication in major oncosurgeries: A prospective observational study”

胸部・腹部の大きながん手術の前に6分間歩行距離を測ったところ、術後に肺の合併症が起きた人は、手術前の歩行距離が約100 m短かった

といったことを報告している論文です。

プロフィール画像:聴診器をかけたスクラブ姿の理学療法士「ゆた」のイラスト

ゆた
理学療法士・博士(医学)
大学病院で、がん専門領域のリハビリテーションを行っています
がんリハビリテーション(がんリハ)について、一緒に学んでいきましょう

この記事でわかること

  • インドのがんセンターで、胸部・腹部の大きながん手術を受けた75人の研究
  • 術後に肺の合併症が起きた人は、手術前の6分間歩行距離が平均344 mで、起きなかった人の442 mより短かった
  • 390 mを区切りにすると合併症の起こりやすさがはっきり分かれたが、区切りの決め方には注意が必要

▶ 一般の方向けのやさしい解説はこちら:「手術の前の『6分間歩く力』と、手術のあとの肺炎の関係」

6分間歩行距離とは?

6分間歩行距離は、平らな廊下を6分間、自分のペースで歩いたときの距離です。

もともとは、日常生活の動きに近い体力である運動耐容能を評価するために考えられた検査です[1]。

特別な機器がいらず、廊下とストップウォッチがあれば測れるのが大きな長所です。
この研究では、長さ25 mの廊下を往復して測り、試験の前後に血圧・心拍数・SpO2・Borgスケールも記録しています。

術後肺合併症とは?

術後肺合併症は、手術のあとに起きる肺や呼吸の合併症の総称です。

この研究では、次のものを術後肺合併症として、退院まで観察しています。

  • 48時間を超える人工呼吸
  • 無気肺、つまり肺の一部がしぼんだ状態
  • 気管支炎、気管支けいれん
  • 急性呼吸窮迫症候群、いわゆるARDS
  • 肺炎
  • 慢性の肺の病気の悪化
  • 呼吸不全

全身麻酔では呼吸の働きがすぐに変化するため、とくにがん患者では、手術前の体力や栄養、治療の影響が重なって合併症が起きやすいと、論文の序論で説明されています。

研究の背景

手術前に肺の状態を調べる方法としては、肺機能検査のスパイロメトリーや、心肺運動負荷試験、いわゆるCPETがあります。

しかし論文の著者は、肺機能検査は本人の頑張り方や解釈で値が変わりやすく、CPETは専用の機器と専門家が必要な複雑な検査だと述べています。

そこで、もっと手軽に体力を評価できる方法として、6分間歩行試験が注目されていました。

また、6分間歩行距離は民族によって違いがあるため、インドの患者で調べる必要があるとも述べています。

研究の目的

大きながん手術を受ける人で、手術前の6分間歩行距離と術後肺合併症の関係を調べることが、この研究の主な目的です。

あわせて、6分間歩行距離と入院日数の関係や、喫煙・血清アルブミン・肺機能・血圧・心拍数・SpO2と肺合併症の関係も調べています。

方法

  • 国・施設:インド・ケーララ州のがんセンター1施設
  • 期間:2017年3月〜2018年2月
  • 対象:全身麻酔で3時間以上かかる予定の、胸部または腹部のがん手術を受けた75人
    • 60歳を超える、心臓や肺の病気がある、血清アルブミンが30 g/L以下、喫煙者、胸部X線の異常のいずれか1つ以上をもつ、肺合併症の危険が高い人を選んでいます
    • 安静時の息切れ、強い痛み、歩けない人、6か月以内の急性冠症候群、安静時の心拍数120回/分以上などは除外されました
    • 男性54人・女性21人、平均60.5歳
  • 測り方:手術前に、米国胸部学会の指針に沿って6分間歩行試験を行いました
  • 手術後:全身麻酔+硬膜外麻酔で手術を受け、退院まで肺合併症の有無を記録しました
  • 比べ方:肺合併症なしの40人と、ありの35人を比べました

結果

  • 75人のうち35人、46.7%に肺合併症が起き、1人が肺血栓塞栓症で亡くなりました
  • 合併症で最も多かったのは肺炎で、35人中22人でした
  • 75人全員が、試験中に問題なく6分間歩行試験を終えました。
    説明から終了まで、平均8分ほどでした

表1:肺合併症の有無による比較(論文の表2と本文のデータをもとに作成、一部抜粋)

肺合併症なし(40人)肺合併症あり(35人)P値
6分間歩行距離442 ± 83 m344 ± 62 m0.001
試験前のSpO298.1 ± 1.3%96.7 ± 1.8%0.001
試験後のSpO297.6 ± 1.2%95.0 ± 3.5%0.001
試験後の心拍数91 ± 16回/分104 ± 16回/分0.001
試験後のBorgスケール6.7 ± 1.88.7 ± 2.10.001
入院日数4.9 ± 1.5日17.4 ± 13.5日0.001

表の数字は、平均 ± 標準偏差

ゆた
ゆた

肺合併症が起きた人は、手術前の歩行距離が約100 m短いだけでなく、歩いたあとの心拍数が高く、SpO2も下がりやすかったんですね。

棒グラフ:手術前の6分間歩行距離が390 m以下の38人では76%に術後肺合併症が起き、390 mを超える37人では16%だった

図1:手術前の6分間歩行距離で分けた、術後肺合併症の割合(論文の本文と表5の人数をもとに作成)

  • 6分間歩行距離が390 m以下の38人では、およそ4人に3人、76.3%に肺合併症が起きました
  • 390 mを超える37人では83.8%に肺合併症がなく、合併症が起きたのは約16%でした
  • 多変量解析でも、6分間歩行距離が390 mを超えることは、肺合併症が少ないことと関連していました。
    オッズ比は0.028、95%信頼区間は0.006〜0.138です
  • 390 m以下の人は、入院日数とICUの日数も長くなっていました
  • 手術の種類別では、胸とおなかの両方を開ける食道切除で、15人中13人に肺合併症が起きました
  • 年齢・BMI・喫煙歴・血清アルブミンは、2つの群で差がありませんでした
ゆた
ゆた

390 m以下かどうかで、肺合併症の割合が76%と16%に分かれたのは大きな差ですね。
ただし、この390 mの決め方には注意が必要です。

結論と研究の限界

結論:論文の著者は、6分間歩行試験は大きながん手術後の肺合併症を予測する、信頼できて安価な検査で、この集団での区切りの値は390 mだったとまとめています。

限界・注意点

  • 1つの病院の75人の研究で、肺合併症の危険が高い人だけを選んでいます。
    合併症の割合46.7%は、一般の手術より高い数字です
  • 390 mという値の決め方が本文に書かれていません。
    ほかの項目は中央値で区切ったと書かれており、390 m以下38人・超37人とほぼ半分に分かれていることから、中央値で区切った可能性があります。
    そのため、ほかの施設でも390 mが最もよい区切りになるとは限りません
  • 胸とおなかの手術、食道切除から胃切除まで、手術の種類が混ざっています
  • 歩行路は25 mで、指針がすすめる30 mより短いと著者も述べています
  • 心肺運動負荷試験など、ほかの検査とは比べていません
  • 論文の考察では、6分間歩行距離と肺合併症に関係がなかった研究もあると紹介されています
  • 関係を調べた研究なので、6分間歩行距離を伸ばせば肺合併症が減るとまでは言えません

ガイドラインでの位置づけ

日本の「がんのリハビリテーション診療ガイドライン 第2版」[2]では、手術前のリハビリテーションについて次のように提案されています。

  • 手術を予定している肺がん患者に、手術前に運動療法や呼吸リハビリテーションを行うことを提案(CQ2-01、2B:弱い推奨、エビデンスの確実性 中、p.16)
  • 腹部の手術を予定している消化器がん患者に、手術前に運動療法や呼吸リハビリテーションを行うことを提案(CQ3-01、2C:弱い推奨、エビデンスの確実性 弱、p.28)

どちらも、術後の合併症の減少や入院期間の短縮が期待される介入として扱われており、根拠となった研究の多くは手術の1〜4週前から行うものでした。

一方で、手術前の6分間歩行距離で術後肺合併症の危険を見分けること自体を扱ったCQはありません。

※2026年に同ガイドラインの第3版が発行されています。
本記事は第2版の内容にもとづいています。

臨床での応用 —— 明日からの臨床でどう活かすか

  • 手術前の評価に6分間歩行試験を入れる:この研究では75人全員が問題なく試験を終え、説明から終了まで平均8分でした。
    肺機能検査だけではわかりにくい、動いたときの体力を確かめられます
  • 距離だけでなく、歩いたあとの反応も見る:肺合併症が起きた人は、歩いたあとの心拍数が高く、SpO2が下がり、Borgスケールも高い傾向がありました。
    距離と一緒に記録しておくと、チームに伝えやすくなります
  • 390 mは「目安の一つ」として使う:区切りの決め方がはっきりせず、1つの病院の結果です。
    以前紹介した肝胆膵の手術の研究では、400 m未満で重い合併症が多かったと報告されています[3]。
    数字だけで判断せず、年齢や手術の種類、ほかの危険因子と合わせて考えることが大切です
  • 距離が短い人の情報を早めに共有する:主治医や病棟と共有し、手術前の呼吸練習や、手術後の早期離床・排痰の進め方を早めに相談します
  • 安全を最優先に測る:施設の手順に沿い、胸の痛み、強い息切れ、足のけいれん、冷や汗、顔色の悪さなどがあれば中止します。
    この研究では、安静時の息切れや強い痛みがある人、安静時の心拍数が120回/分以上の人などは対象から外されていました

まとめ

  • 大きながん手術の前に6分間歩行距離が短かった人ほど、術後に肺の合併症が多かった
  • 6分間歩行試験は、短い時間で安全に行える手術前の評価になる
  • ただし1つの病院・75人の研究で、390 mという値の決め方には注意が必要。
    距離を伸ばせば合併症が減るかもまだわからない
ゆた
ゆた

手術前の6分間歩行は、肺合併症の危険が高い人に早めに気づくための「体力のものさし」になりますね!
歩いたあとの心拍数やSpO2の変化も、あわせて見ていきたいですね。

※本記事は論文の紹介を目的としたもので、個別の治療方針は主治医・担当療法士にご相談ください。

参考文献

  1. Guyatt GH, Sullivan MJ, Thompson PJ, Fallen EL, Pugsley SO, Taylor DW, et al. The 6-minute walk: a new measure of exercise capacity in patients with chronic heart failure. Can Med Assoc J. 1985;132(8):919-23. PMID: 3978515
  2. 日本リハビリテーション医学会 がんのリハビリテーション診療ガイドライン改訂委員会, 編. がんのリハビリテーション診療ガイドライン. 第2版. 東京: 金原出版; 2019. Available from: https://www.jarm.or.jp/document/cancer_guideline.pdf
  3. Hayashi K, Yokoyama Y, Nakajima H, Nagino M, Inoue T, Nagaya M, et al. Preoperative 6-minute walk distance accurately predicts postoperative complications after operations for hepato-pancreato-biliary cancer. Surgery. 2017;161(2):525-32. doi: 10.1016/j.surg.2016.08.002

今回、紹介した論文

● タイトル:Performance in 6-min walk test in prediction of post-operative pulmonary complication in major oncosurgeries: A prospective observational study

● 著者:Sathyaprasad SL, Thomas M, Philip FA, Krishna KM

● ジャーナル:Indian J Anaesth

● 発行年:2020(巻64、号1、55-61頁)

● PMID:32001910

● DOI:10.4103/ija.IJA_533_19

● ライセンス:CC BY-NC-SA 4.0。本記事は論文の文章・図表を転載せず、数値をもとに独自に作成しています

プロフィール画像:聴診器をかけたスクラブ姿の理学療法士「ゆた」のイラスト

ゆた
理学療法士・博士(医学)
大学病院で、がん専門領域のリハビリテーションを行っています
がんリハビリテーション(がんリハ)について、一緒に学んでいきましょう

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